私が恵里菜さんの電話対応をする時、宥(なだ)めるのに一時間はかかってしまう。理世ちゃんは割と『はい、解りました、以後検討します』みたいに言って、そのまま相手が喋っているのに電話を切ってしまうのだ。再度電話が鳴る事はないから、不思議だ。私もその強いメンタルが欲しい。
「とにかく、待ち合わせ場所が遠いのは仕方ありません。相手は先輩がどこに住んでいるのか知らない訳ですし、下手に家が何処か聞いてホイホイ車で迎えに来るよりも、先輩がお付き合いする男性はそっちの方がいい気がしてきました。いきなり家聞いたりしないから、まあ、遊んでいない普通の人じゃないでしょうか。このテのタイプ、私は無いですけどね」
「ええー。じゃあ、理世ちゃんはどういう感じでお付き合いするの?」
手練れの理世ちゃんが、出会った人と付き合いを決めるのか参考に聞いてみたい!
「私は飲むのが好きですから、先ずは都内のバーで一杯飲む所から始めますね。会ってから言葉遣いや清潔感があるかどうか、どういうエスコートをしてくれるか、身に着けているものはどんなものか、全部チェックします。勿論黙って」
「へええ」
「簡単なメールのやり取りをしたら、お奨めの店を紹介し合うんです。一杯飲みで終わるか、いっぱい(たくさん)飲みになるかは、相手次第ですよ。趣味が良かったり、エッチ目的でなければ、付き合います。因みに今の彼氏は、マッチングで半年くらい続いているんですよ」
マッチングの相手が彼氏に昇格するんだ!
うう、婚活アプリ、深い!
私もそうなりたいな。
「全体的な相性はいいですね。お互い飲むのが好きなので、お酒の話とかできて楽しいです。お店巡りとかもしますし」
「へえええー」
やっぱり趣味って大事よね!! ドッグフェアに行っても、I.Nさんとの温度差を感じそうな気がするなぁ。
頷いていると、理世ちゃんがニヤリと笑った。「そうそう、身体の相性は大事ですよ」
「か、身体…!」
今の私にとって、かなりのパワーワード。最後に彼氏と別れてからゆうに何年も経っているのだ。勿論遊びでの関係なんかは無い。仕事が忙しくて、恋愛を疎かにしてきた結果だと言えよう。理世ちゃんは凄いと思う。まあ、今みたいなマッチング時代じゃなかったし、とか、言いわけしてみるが虚しい。
「自分本位なセックスしかしない男や、避妊を嫌がる男はダメですよ。遊び目的だったり、クズ男に昇格する可能性大ですから。心配だったら相談に乗りますから、何でも私に言って下さいね。とりあえずI.Nさんと会ったらどんな人だったか、私に教えてくださいね」
「はい。先生にジャッジをお願いします!」.
「よろしい。では、業務に入りましょう」
ニコッと理世ちゃんが微笑んだのを合図に、一気に頭を仕事モードに切り替えた。
お誕生日会用の王冠は昨日作ったから持ってきたし、お知らせプリントもオーケー。そう思って自分の机に置いたこの王冠が、まさか二日後、とんでもないトラブルを起こすとは夢にも思わなかった。
誕生日会当日。 六月生まれのお誕生日の小倉昌磨君と、羽鳥聖也君を教卓の前に呼び、手作りの王冠を被せた。おめでとう、とお祝いをして、私がピアノを弾き、みんなでハッピーバースデーの歌を歌った。 誕生日会は滞りなく進行し、本日の給食もお誕生日用の特別給食で、みんなでわいわい楽しく頂いた。お誕生日の特別メニューは、『ポテト』や『唐揚げ』や『ハンバーグ』等、特に子供たちに人気のおかずが中心に提供される。 どうしても通常の給食は栄養バランスをメインに考えられているから、味が苦手で残してしまう子もいるけれど、特別メニューは誰も残さない。普段から頭を悩ませ、美味しくて栄養のある給食を作って下さる職員の方々には、感謝しかない。 子供たちの笑顔が見る事が出来て、私は幸せ。 そんな給食の時間を終え、一歳児や二歳児のお昼寝も終わり、通常保育の子供たちは午後二時のお迎えも終わり、大きな事件や子供たちが怪我をする事もなく、何事も無く時間が過ぎた。 しかし事件は、夕方遅くに起こった。 預かり保育の当番だったので退勤時間の午後五時まで、指定の教室で子供たちを見ていると、園に電話がかかって来たのだ。夕方は職員が減るので、電話対応できる人が少なく、長いコール後に取る事も多い。人手が少ないのだ。 職員室に居ないので、随分長いコールが鳴っているな、と思っていたら、さくら幼稚園主任の大林先生が慌てて教室内に入って来た。「清川先生っ、すみませんがお電話対応頂けますかっ。大変です!」「どうされましたか!?」 血相を抱えて飛び込んで来た大林先生に声を掛けた。御年五十歳のベテラン教員の大林先生は、この園の主任を務めていらっしゃる。 彼女が黒いおかっぱの髪を振り乱しながら私に言った。「羽鳥聖也君のお母様からお電話で、清川先生に代われと大変な剣幕で…」「羽鳥さん?」 思わず眉根を寄せ、険しい顔を作ってしまった。また、聖也君のお母さんだ。 彼女からなにを言われるのだろう。心当たりがなにもない。
「いかがされましたか?」『いかがされましたか、じゃないわよ! 一体どういうつもりかって聞いてるの!』 こういう人は要件を端的に言ってくれない。どうしたのかと聞けば、そんなこともわからないのか、と喚き散らして罵ってくる。理由も大抵理不尽な事ばかり。今回はなにかな。早くも胃が痛みだした。『私がこうやって電話をかけてきている理由もわからないなんて!』 予想どおりだ。要件を言ってくれないから、なにに対して怒っているのか理解できない。「申しわけございませんが、羽鳥さんが怒っていらっしゃる理由がわからないので、教えていただけませんか?」 『今日持ち帰ってきた王冠よ!』「王冠ですか…」 思わず呟いてしまった事に、彼女はますます逆上する。『まああっ、まだわからないの!? うちの聖也ちゃんに、わざと小さい方を掴ませて! 昌磨君のもらった方が大きかったのよ! 明らかな差別よ!!』 この人はなにを言っているのだろう。王冠は同じ型紙で同じ大きさで作っているのに、見た目だって殆ど同じなのに。「お言葉ですが羽鳥さん、昌磨君だけ大きなものを作ったとか、そんなことはありません。この王冠は私の手作りですが、同じパターンから作りました。私のモットーは子供たちには平等に接する事で、常にそうであるよう心がけています。誤解です」 私は必死に訴えた。羽鳥さんは、どうしてこんな勘違いをしてしまうのだろう。昌磨君の王冠の方が大きいなんて、そんなことはあり得ない。どうしてそう思ってしまわれるのか不思議で仕方ない。『平等!? ふざけんじゃないわよぉっ!!』 耳をつんざくような金切り声がしたので思わず受話器から耳を少し離した。それでも十分彼女の声は聞こえる。電話口から漏れる大声が職員室に響いた。『いったい、どこをどうしたら平等だなんて偉そうに言えるの!?』「あの、羽鳥さん、手作りの王冠ですから、大きさを変えたりするようなことはありません。どこがおかしかったのでしょうか?」『まだそ
へこむ気持ちにふたをして、大林先生と一緒に遊んでいる子を見た。予想どお残っている子は三崎竜(みさきりゅう)君で、私の担任するそら組の子供のひとりだった。 彼のお母さんはいつもお迎えの時間が遅い。午後七時前に迎えがあった事はほとんどない。というのも、ホテルのレストランでお仕事をされているらしく、この時間は食事時で忙しいようで、思うように帰ることができないのだとか。 お迎えが七時半を過ぎる事は日常茶飯事だが、シングルマザーだと聞いているので、あまり強く言えない。 私はクラス担任なので、勤務時間が午前八時から午後五時までと決まっている。預かり保育の子供たちを最後の七時まで持つことは時間的に園が許可できないため、私は最後まで残った事は無い。 なので聞くところによると、お母さんはいつも申し訳なさそうに迎えに来るらしい。こちらも『いつでもいいよ』と言ってあげたいけれど、夜間保育が充実しているわけでもなく、二十四時間体制の保育園でもないのだ。 さくら幼稚園は、あくまでも認定こども園 (※認定こども園とは・・・・内閣府が認可した施設で、保育園は「両親が共働きなどで日中子どもを保育できない時に預かってくれる場所」、幼稚園は「教育の補助等を含め、任意で小学校に入学するまで通う場所」となる。 認定こども園は、幼稚園と保育園が一体になった施設であるため、内閣府が4~11時間の間で保育を認めている。この間で園の定めた時間を保育可能とされている。1号・2号・3号認定の子供が通えて、保育料も収入によって変動する) であるため、それ以上の保育サポートは体制が整っていない・定められた保育時間を超過してしまうため、手を貸す事が出来ない。 それをしてしまうと、結局私達職員の肩にその負担がのしかかる。現に目の前の大林先生がそうだ。本当ならもう帰宅準備ができる筈なのに、それができない。 幼稚園勤務がブラックだと言われてしまうのは、給料が薄給であり、常に職員が不足している。更に保護者との密な関り・人間関係も様々であり、複雑である。そして勤務時間も長い。土日は休めるが交代制で、運動会や音楽会等が入れば絶対に休めない。それが、ブラックだと言われてしまう所以(ゆえん)であるのは否めない。 幼稚園はブラック企業ではないのに。子供たちを教え、一緒になって成長できるのは、なににも代
帰宅してから自分の為だけに食事を何も作る気になれず、自宅の近くのコンビニに立ち寄り、売れ残ったために隅に追いやられた小さなお弁当を買った。 売れ残り――私の中で結婚を意識する年齢はとっくに過ぎてしまったのに、恋人になってくれそうな男性の知り合いもいない。このお弁当はまるで私のようだと嘆きたくなった。 とぼとぼと重い足取りで家に帰ると、より一層徒労感に襲われた。もう疲れてしまった。なにもしたくない。 大好きなお風呂を沸かす気力も無く、ソファーの背もたれ部分に頭を乗せて唸った。お風呂は今日はお休みして、シャワーにしよう。 先に何か口にしようと思い、エコバックから取り出した売れ残りのお弁当を見る。正直あまり食欲はないけれど…残すのは忍びない。食べてあげなきゃ可哀想だ。まるで私だもん。 自分で自分を更に追い込むような事を思いながら、淋しいので見たくもないテレビを点けて冷めたお弁当を食べていると、傍に置いていたスマートフォンが鳴った。Love Seaからのメッセージ受信のお知らせ着信だ。――こんばんは、元気?(玄) たったひとこと、玄さんからのメールだった。彼からのメールはこれが初めて。相変わらずの愛想無い。でも今は却ってこれがいい。 ――いいえ、元気じゃないです。今、打ちひしがれてます(☍﹏⁰)。(M) お行儀悪いけれど、一人だからいいやと思って、お弁当を食べながら玄さんのメッセージに返信した。他愛もないやり取りで誰かと繋がっていると思うだけで、今は心細くて淋しいと思う気持ちが満たされる気がした。それにこの重く辛い気持ちを、誰でもいいから愚痴りたい。 そうなると、顔も知らないアプリで知り合った人というのは、今のこの状態に丁度いい人材だ。――そっか。大変だったんだな。同じだ。俺も打ちひしがれているトコ。(玄) あら。打ちひしがれ仲間?――どうしたのですか?(M)――色々あってさ。ちょっと誰かと話したい気分で声掛けた。(玄) それ、気が合う!――お仕事大変だったのですか?(M)――まあね。Mさんも仕事で嫌事あった?(玄)――うん。びっくりするほの嫌事が!(M)――俺と一緒(笑)(玄)――どんなことが?(M)――俺、飲食店やってるんだけど、新規オープンした店にお客が来なくて。結構ヤバイと思ってビラ配りに行ったら、酔っ払いに絡まれて暴
――ジョーダンだよ。ホントは都内。Mさんの旅費、俺に請求すんのかよ(笑)(玄)――こっちだってジョーダンですから(◍•ᴗ•◍)(M)――そっか。それはよかった。じゃ、明日また頑張ろう。嫌なヤツのことは考えるだけMさんの貴重な時間が勿体ない。(玄)――そうですね。玄さん、ありがとうございます。また、メッセージしてもいいですか?(M)――モンペに攻撃されたら、愚痴聞いてやるから連絡しておいで。俺の店に飲みに来てくれるなら大歓迎(玄)――営業うまーい(*´◒`*)(M)――まあね。また今度誘うから。じゃお休み。(玄)――はい、おやすみなさい。(M) 楽しいやり取りをして、Love Seaアプリを閉じた。 玄さんのお陰で、気分が楽になった。 他愛もないやり取りにここまで心が癒されるなんて。 アプリで知り合た人なら、どんなに仕事の愚痴を言っても素性がバレて困ることもないし便利。普段だったら絶対に出来ない。だからこういったアプリの利用が急増しているのかな。 誰でも人には言えない悩みのひとつやふたつ、時にはそれ以上、抱えているもの。 玄さんって、一体どんな人なんだろう。ぶっきらぼうな感じだと思っていたけれど、意外にユーモアある人だった。会ってお喋りしてみたいな。 I.Nさんは、犬のことを話すと嬉しそうにメッセージが返ってくるから犬好きの模様。 ゆうた君とは、最初はアウトドア中心の話に盛り上がったけれど、最近は他愛もないメッセージを送り合っている。友達にメッセージを送る気軽さがあって、見ているテレビ番組の話とか、お笑いの話とか、本当に内容もない話が多いけれど、お互いそれを楽しんでいる。 Takaさんは特に食べ歩きの話が多いかな。まあ、最近Takaさんはお仕事が忙しいみたいだから、メッセージの回数は少ない。一度に長文を送ってくれるから、返信に困るから回数は少ない方が有難いと思っている。 玄さんとは初めて長くやり取りしたけれど、楽しかった。心が疲弊している時だから、余計にそう思っただけかもしれないけれど。
それから暫くは平和に過ごした。羽鳥聖也君のお母さんからの攻撃も無く日々の業務に追われた。私は年長担当なので、そろそろ八月に開催されるお泊り保育の準備や内容をしっかりと落とし込みしなくてはいけない。大体テンプレートどおり大きな予定・行事は決まっているけれど、晴天の場合のメニュー、雨天の場合のメニュー、それぞれを考えておかなくてはいけないし、やることたくさん! それに加えて今月末からプール授業が始まる。全クラスのローテーションは組み終わっているから、園のプール準備をして、来月は七夕まつりがあるから、配布用の笹や飾り付け、景品の準備などをやる。 おまつりに出店するジュース・お茶などのドリンク販売の店、キャラクターのおめんを販売する店、くじ引きができる店、駄菓子等のお菓子を売る店、的当てやヨーヨー釣り等ができる露店、さくら幼稚園は色々な模擬店で子供たちを楽しませる。近隣住民の小学生も遊びに来てくれて(大体OBか通園の御兄弟が多いけど)お店の準備が結構大変だ。 そのため、年間で大きなイベント毎にお手伝いをしてくれるお母様を募集し、必ず一人一回はどこかのお手伝いを割り当てる。特に大変なのが七夕まつりと運動会。やってくれる人が少なくて、じゃんけんで負けたお母さんが当番に当たる。子供たちと一緒にお店を回ったり、運動会は子供たちの活躍を見たいものね。気持ちはわかる。 そして、来月の七夕まつりはお手伝いに羽鳥恵里菜さんが当番に当たっている。立候補ではなく、じゃんけんに負けたのだ。しぶしぶ仕方なくの当番なので、どんな文句を言われるかわからない。ああ。考えるだけで胃が痛い。 まあでも、今から来月の事を考えて憂鬱な気分にならなくてもいいかな。 今日はI.Nさんから、来週の日曜日にレイクタウンアウトレットの最寄り駅で午前九時に待ち合わせしよう、会えるのが楽しみ、とメッセージが入った。 もうすぐかぁ。いよいよI.Nさんと会うんだなぁ。 どんな人だろうと思っていると、もう一通メッセージが来た。I.Nさんではなさそうだ。このアイコンは…。――こんばんは、Mさん元気? ちょっと仕事合間に連絡してみたよー。最近食欲
瞬く間に時は過ぎ、一週間なんてあっという間に経ってしまった。今日はI.Nさんとの約束の日。埼玉県越谷市まで東京都足立区から出向く。うーん、やっぱり遠い! 電車に揺られ、予め調べておいた乗り換えアプリで最短移動手段を反芻しながら、約束の十分前にレイクタウンアウトレット駅改札口へ到着。 私の目印は、白のレースのフリルトップスに、黒基調の小花柄のロングスカート、黒のサンダル、ブラウンのリボンが付いた大きめのカゴバックだと伝えてある。見れば解ると思うんだけどな。 Love Seaアプリを開いて、到着しました、と送った。I.Nさんは黒の七分丈のテーラードジャケット、白のカットソーにベージュのパンツを合わせた服装で行くと言っていた。お洒落カジュアルな感じかな。どんな人なのか、待ち合わせの時間が刻一刻と迫る度に、ドキドキと胸が高鳴る。 初めて会う人だけれど、自撮りの写真通り素敵な人なのかな? 犬好きみたいだけれど、会話、ちゃんとついていけるかな? 幼稚園ではパンツルックが多いからあまりお洒落できないし、初対面の人と会うのだからと、今日は張り切ってタンスから洋服引っ張り出して、お洒落したけれど、変に思われないかな? 緊張しながら待つ事十五分。「あの、すみません」 きた――! 「この駅に行きたいのですが、乗り換えが解らなくて、教えて頂いてもいいですか?」 声を掛けて来たのは、初老の男性だった。まさかこの人がI.Nさん――なワケないか。乗り換え方法聞いているもんね。「はい」 見せられた地図を見て、乗り換えの為に降りる駅を教えると、どうもありがとう、と会釈された。 なんか拍子抜け。 そしてまた緊張感を持って待つ。待つ。待つ。 三十分待った。 でも、彼は現れない。 四十分。 五十分。 一時間…。 その間にLove Seaアプリで何度かメッセージを送ったけれど、返事がない。なにかあったのかな? 午前十時を過ぎたので、I.Nさん
彼は私の容姿を知らないけれど、私は彼の容姿を知っている。ああやって手を振っていれば、きっと私が見つけてくれると思っての事だろう。「ゆうた君!」 私は彼に駆け寄り、挨拶した。「Mです、初めまして。今日は誘ってくれてありがとう」「えっ。君が、Mちゃん?」 ゆうた君が目を丸くした。「うん、そうだよ」 初対面の人と会ってお話するなんて生まれて初めての事だから、ドキドキして目線を少し伏せた。気恥ずかしくてまともに顔を見ることができない。「Mちゃん、すげー綺麗でびっくりした! ラッキーって言っていいのかな?」 笑いながらそう言ってくれたので、思わず顔を上げて見ると満面の笑みのゆうた君がいた。 プロフィール画像そのままだ。ふわふわと柔らかそうな手触りの髪の毛、くりっと大きな目、人懐っこそうな雰囲気、そのまま。偽りなく登録し、嘘をつかない正直な人なのだと思った。「じゃ、行こう!」 先ずは腹ごしらえだよね、と、連れて来てくれたのは、何とスカイツリーの近くにあるムーミンカフェだ!「可愛いー♡」 思わずハートマークを語尾に付けてしまう程、店内はムーミンで溢れていた。 入る前からお洒落な店舗外観、溢れるムーミングッズ、壁一面に描かれたムーミンの仲間たち! レイクタウンアウトレット駅でI.Nさんと待ち合わせていた時とは雲泥の差のテンションになり、笑顔が弾けた。「急いで予約したんだけど、早い時間だから空いててすんなり入れて良かったよ」 わざわざ予約してくれたんだ、と急な約束だったのに、ちゃんとエスコートしてくれようとする気持ちが嬉しかった。 現在午前十一時を少し過ぎた所だ。一時間前の悲しい気持ちから一転、ゆうた君のお陰で楽しい気持ちになった。ホント、彼に感謝!「Mちゃん何食べる?」「――あの、眞子です。Mじゃなくて、清川眞子と言います」 名前を知って欲しくてつい名乗ってしまった。…いいよね。ゆうた君、いい人だもん。「そ
「幼稚園のメニューには牡蠣の入ったものは全然出ないし、プライベートでも食べないようにしていたから、つい忘れてた。牡蠣を食べて気持ち悪くなっちゃうって、どちらかと言えばアレルギーに近いような気がする」 この前ゆうた君とお好み焼きを食べた時、久々にしんどくなった事を思い出した。「先生にも苦手があるって言うのは、園児に言えない秘密だな」「そうそう。バレないようにしなきゃ。威厳が崩れちゃう」「眞子の話を聞いていると、幼稚園は毎日楽しそうだな」「うん。楽しいよ。子供たちは可愛いし、もうすぐお泊り保育なの」「どんなことするの?」「宿泊施設に一泊するんだけれど、ついたらまず宝探しをするの。いっぱい遊んで、カレー作ってみんなで食べて、夜はキャンプファイヤーとか。次の日は想い出の写真を入れるフォトスタンドを手作りするんだよ」「へえ。どれも楽しそうだ」 男の人はこういう話に興味はないと思っていたのに玄さんは違うみたい。興味ある感じで私の話を聞いてくれる。嬉しいな。「園外だったら、モンペの攻撃も心配しなくていいな」「まあね」「どうした。なにかあった?」 思わず浮かない顔をしてしまった私を心配して玄さんが聞いてくれた。丁度いいから手紙の件を相談してみよう。「あのね、玄さん。実は園に嫌がらせの手紙を毎日入れられているの」「えっ」 予想外の言葉に彼は切れ長の瞳を開き、驚いた。「誰宛てとか特に無いけれど、多分私に向けてだと思うの」「どうして眞子だって解るんだ?」「犯人に心当たりがあるから」「心当たりって…まさか、モンペが?」「ううん、違うよ。直接の知り合いじゃないけれど、うっすら知っている感じの人につけ狙われている感じ」「複雑そうだな」「相談に乗ってくれる?」「いいよ。アドバイスできることがあるかもしれない」 そう言ってくれたので、友人男性の別れた彼女に勘違いされて攻撃された翌日から、その嫌がらせ手紙が入るようになった詳しい経緯を語った。玄さんは私の話を真剣に聞いてくれた。犯人があおいさんという女性であると思うという自分の考えも。「その彼女に眞子の自宅は知られているのか?」「わからない。でも、知られてないと思う。家に手紙は届かないの。幼稚園だけ」「心配だな」 玄さんは長い指を顎に当て唸っている。私の相談ごとを真剣に考えてくれているんだ。
週明けの月曜日に、私はそのことを別の職員から聞かされた。 ブスが二股かけている、ビッチを辞めさせろ、等、手紙には誹謗中傷に当たる記載があったらしい。それを聞いて、思い当たるのはつり目の彼女。 あおいさん――ゆうた君とはもう関係なくなった私に、ここまでするの? でも、おかしいな。どうして私がこの幼稚園で働いているって知っていたんだろ…。 もしかして、何らかの方法で職場を突き止めたのかな。本当に怖い。 SNSの通知はもう既に切ってあるけれど、恐らくとんでもない数のダイレクトメールが彼女から届いているだろう。内容は誹謗中傷だろうな。 SNSは怖くてもうログインしていない。折角時々友達と繋がったり、リアルでない仮想の世界の友人とも仲良くなれたりして、楽しかったのに。 考えるのに疲れてしまった。今年はクラス担任としても辛いし、プライベートまで辛くなってしまうなんて。 もう、全部やめたいなぁ。 私、何も悪い事していないのに・・・・。 でも幼稚園にまでやって来て、わざわざ手紙入れるなんて酷い事をするかなぁ、と考えてみるけれど、ゆうた君に粘着しているあおいさんなら、迷惑を省みずやってしまうのかも? 誰に相談したらいいのかと思っていたら、明日は玄さんと約束している日だ。ちょっと相談してみようかな? 翌日。待ち合わせした駅で玄さんと再会。通行人も振り返る程のイケメンぶりは相変わらず。 本当にこんな人と知り合いになれたのか。なんかすごいな、マッチングアプリって。普段だったら絶対に知り合いにならない人だもん。「眞子」 名前を呼ばれ、爽やかに笑う玄さんに心はトキめいてしまう。 ああ…嫌な気分とかそういうの、全部吹っ飛んじゃうなぁ。「玄さん、会えて嬉しい」「そっか。俺も嬉しい」 危うく本気にしそうになるが、こんなのぜったい社交辞令。イケメンが庶民に会いたいとか、そんなわけ無い。真に受けないようにしなきゃ。「で? 眞子は俺と付き合う気になった?」「まだだよ。何度かデート
彼女が差し出した画面には私がホテルのバイキングで食事をしているシーンがバッチリ顔出しで映っている。相手はわからないけれど、このホテルは確かTakaさんと行った蓮見リゾートホテルだ。 この写真はどうやらSNSの投稿記事の一部のようで、ハッシュタグには『#Mさん』『#僕の彼女』『#運命の女性』『#探しています』『#早く会いたい』等と書いてあった。 なにこれ、気持ち悪っ…。 これを投稿したのは、きっとTakaさんだ。しかも私の写真隠し撮りして勝手にSNSに上げてるの? 信じられない!「Mさんって貴女のことよね。それにこの投稿者は、貴女のことを『運命の女性』って探し回っているのよ。勇太に付きまとっているウザい女だから何とかして、って言っておいたから」「言ったって…無断で私のSNSの情報をこの人に教えたの!?」「付き合っているんでしょ?」「そんなわけないよ。勝手なことしないで!」「勝手はどっち? 勇太とムーミンカフェに行って、スカイツリーでデートまでして、どこまで男をたぶらかせば気が済むワケ? もう彼氏いるんだから、勇太にちょっかい出さないで!」 つり目の彼女は私を物凄く睨んでくる。 どうしてこんな展開になっているの?「私、ゆうた君とも、この人とも付き合ってない。誤解しないで」「とぼけてもムダ。同じ日の同じテーブルで写真アップしてるじゃない。位置情報も同じだし。ムーミンカフェの時もそう。貴女のSNSはずっとチェックしているからわかるもの。たーくさん書き込みもしたし、ね?」 待って。ずっとチェックしてるって…。 しかも書き込みまで…。まさかこの人―― 「その顔、私が誰だか気付いたようね?」 彼女は――あおいさんだ! だから私が羽鳥さんの事で疲弊していた時、やたら攻撃的だったんだ。 あおいさんがゆうた君の彼女だったなんて。だからゆうた君と出かける私が面白くなくて、チェックしていたんだ。「私はゆうた君から、女生徒は誰とも付き合っていないと聞いたわ。あおいさんのような
――そうか。聞いておいてよかった。あと、苦手なものや食べられないものはあるか?(玄) えっ。そんなの聞いてくれるんだ。 有難すぎる気遣い。この人絶対モテるよ。一体何者なんだろう?――牡蠣だけが食べられないけど、あとは何でも食べるよ!(M)――牡蠣ね。オーケー。それは外すようにする。じゃ、来週の都合のいい日にしよう。眞子のスケジュール教えて。(玄) 私は玄さんに空いている日を送り、次の約束が決まった。今週の金曜日は残念と思ったけれど、別の日に決まって嬉しくなる。また、会いたい。 でも、玄さんは謎だらけだ。 お互いなにも知らない者同士。だからこそ食事の前に苦手なものや食べられないものを聞くのはマナーのように思えた。 ゆうた君は決して悪気があったわけじゃない。美味しいものを食べさせたい、喜んで欲しいっていう気持ちは嬉しかったし、牡蠣がちゃんと食べれるなら、なんの問題もなかった話。私もきちんと伝えなきゃいけなかった。遠慮しちゃったから結果こうなっただけ。 次、ゆうた君に会ったらちゃんと言おう。 理世ちゃんは同時進行でもいいって言ったけれど、やっぱり私はそんな器用な事は出来ないし、玄さんと約束が被って残念と思ってしまうのは、ゆうた君に失礼だ。 それで気付いた。私、玄さんが気になっている。 まだ、好きとかそういうのじゃないけれど、もっと話をいっぱいして、どんな人なのか知りたいって思う。 玄さんのことを考えていると、ピロンピロンと通知が入ってきた。 最近SNSの方に大量のメッセージが届くのだ。あおいさんに心ない事を言われてから嫌になってあれ以来触っていないけれど、ダイレクトメッセージが鬼のように届く。見るのもいやだけれど、初期登録した時にメッセージが入ると通知メールが届くようになっていて、それが次々と入ってくるのだ。 更に幼稚園でも、私宛の無言電話や真っ白の手紙が投函されるようになった。些細なことだけれど、嫌だなと思っていたら、ゆうた君と約束していた金曜日、事件が起こる。 &n
――眞子ちゃん、明日時間ある?(ゆうた) 明日の予定かぁ…。園で会議も無いし、定時で上がれそう。大丈夫とメッセージを送った。――デートしない? 映画でも見に行こうよ(ゆうた) 映画かぁ。遅くなるから週末がいいかな。――じゃあ、仕事の差しさわりが無い金曜日がいいな! その代わり、明日はご飯でも行かない?(M)――オーケー。美味しいもの食べにいこう! という経緯があり指定の駅で待ち合わせ。今日はゆうた君オススメの美味しいお好み焼きやさんに連れて行ってくれるって。嬉しいな。 彼を待っていると、カジュアルルックなゆうた君が現れた。待ち合わせの駅からすぐのお店に連れて行ってくれた。狭くて昭和感のあるレトロなお好み焼き屋さんだった。ソースの香ばしい匂いが漂っている。食欲増進の匂いだぁ。 小さなテーブルに鉄板が敷かれた席に案内され、ゆうた君と向かい合って座った。彼イチオシの海鮮ミックスを二枚オーダーしてくれた。「ゆうた君は仕事帰り?」「ううん。今日は休みだったんだ。久々にジム行って楽しかったよ」 あ、だからカジュアルルックなんだ。仕事帰りの服装には見えなかったので納得した。「ゆうた君は、どんなお仕事しているのか聞いてもいい?」「ああ。なんかITの雑用みたいな仕事してるよ。エンジニアって聞こえがいいように言いたいけれど、仲間内でわいわいするような、なんかそんな仕事。社風も自由だし、結構ゆるい会社なんだ」「へえ、すごいね。私はパソコン苦手」「こっちからすれば幼稚園の先生の方が大変そうだって思うよー。よく聞くけどさ、やっぱ実際モンペとかいるの?」 い ま す よ ぉ! 「私の担当クラスにとんでもないモンスターがいるよ」「わ。それはご愁傷様。ちなみにどんな人?」「一言では言えないなぁ。とにかくモンスター! この前なんか、幼稚園のイベントで自分が担当している当番をサボっちゃって。無茶苦茶だったの」「それは酷いねー。あ、お好みきたよ」 ゆうた君の興味が反れてお好み焼きに集中してしまった。自分で話を振っておいて…と思ったけれど、そんなに長く続ける話でもないし、仕方ないか。 でもきっと、玄さんだったら続きの話も聞いてくれそうだ。あの人いつも短い文章だけれど、私を気遣うメッセージをくれるから――なんて…比べちゃいけないよね。彼には彼のよ
「それでっ。どうしたんですか!?」 さくら幼稚園で理世ちゃんに会った際、玄さんから『付き合おう』と言われたことを報告した。そうしたら歓喜の大声+詰め寄られ攻撃を受けた。「お付き合いされるんですかっ。そのブラックカード王と!」 ホルモン焼き屋でブラックカードを出す男をどう思うかと聞いたら、断然アリです、という彼女らしい回答だった。「とりあえず、お付き合いする前のお試し期間が欲しいってお願いしたよ」「ええー、そこいっちゃっていいのにー。もう眞子先輩、シンデレラガールじゃないですか! ブラックカード王と恋に落ちる! いいですねー!」「でもね、理世ちゃん」私は玄さんに対する懸念材料を述べた。「彼の本名や職業も知らないんだよ? 付き合おうって言われたのに名乗ってくれなかったもん」「そんなのなんとでもなりますよ」 や、それはならないよ、理世ちゃん。「向こうだって私のこと全然知らないのに、突然付き合おうってなるかな?」「それがなるんです! いいじゃないですか。そういう出会いっ。イケメンでしかもブラックカード持ちなんて、どこかの御曹司だったりしてー」「で、でも年収五百万円以下って書いてあったよ」「そんなのデタラメに決まってます! だって考えてみてください。年収一千万円以上あります、って書いたら、どれだけの応募が来ると思います? 謎のカード王は、きっといいお肉ばっかり食べ過ぎて、サンマみたいな魚も食べたいと思っている――つまり、庶民と付き合いたいってことですよ!」「まあ、庶民だけど…」 サンマなんて、なかなかの言われようだ。彼女が別に私をディスっているわけではないのはわかるけど…。 「お試し期間なんて設けないで、とりあえずお付き合いを考えてもいいんじゃないでしょうか」「うーん…」 私の考えが古いのかな。マッチングしてフィーリングが合えば、そのまま付き合うっていうのもアリな世の中なんだよね。今はきっと。「とりあえず次回は玄さんがエスコートしてくれるって。デート
「えっ、使えない?」彼の端麗な顔に焦りの色が浮かんだ。 事件が起こったのは、お会計の時。 玄さんが「俺が払うから」と漆黒のカードケースからブラックカードを取り出したの! ブラックカードなんて初めて見た。こんなものを持っている玄さんは、何者? それより、ホルモン焼き屋でブラックカード使って支払おうとしている人、初めて見た。「ごめんなさいね。うちでカードは使えないよ」 この経緯があり、先程の玄さんの焦った顔に戻る。「じゃあ、こっちは?」 スマートフォンを取り出す。アプリ支払いってことかな?「スマートフォンをどうするの?」さっちゃんは首を傾げている。「アプリで支払いは…タッチ決済とか」「よくわからないけれど、現金主義なもので。現金で払っておくれ」 まずい、という顔になった。どうやら玄さんは現金を持っていないらしく、非常に焦っている。「さっちゃん、一旦私が払うから。これで」 一万円を渡し、会計をしてもらってお釣りを受け取って店を出た。これ以上玄さんに恥をかかせられない。「眞子、ごめん。俺が出すって言ったのに。少し待っててくれるか。お金をどこかで下ろしてきて、食事代金払うから」「いいよ、そんなの。最初から奢って貰うつもりじゃなかったし、ここのお会計、安いから私でも払えるもの。今日は楽しかった。だからそのお礼。ありがとう、玄さん」 談笑してすっかり打ち解けた私たちは、敬語が取れた。 今日はビールを二杯と、レモン酎ハイを一杯飲んだから、顔が赤くなっている。身体も熱くて、ほろ酔い気分だ。「まさか、カードやアプリまで使えない店があるなんて。完全に俺のリサーチ不足だった。今度埋め合わせさせて欲しい。このままじゃカッコつかないし、ほんとごめん」 こんなイケメンでも恰好つかないことがあるんだ。現金払いしか受け付けないっていうようなお店、彼は初めてなんだ。玄さんの言葉に、嘘は無かった――「もう気にしないで。それより次、またどこかに食
「眞子。このクイズ、一生当てられそうにないからもういいだろ」「えー、気になりますよぉー」 と、ハタから見ると仲睦まじい様子に見えたらしく、熱々カップルに熱々ホルモンお待ち、とさっちゃんができたてのホルモンを持ってきた。「わ、うまそう」 結果玄さんのお店の話は打ち切りになってしまった。蒸し返すとしつこい女と思われるから、聞きにくい。結果謎のまま。「ビールおかわりしましょうか。さっちゃん、ビール追加。生で!」「はいよー」 彼女はまたニヤニヤしながら親指でグッドポーズを取って、ドリンクを作りに行った。生ビールなのですぐ目の前に置かれる。焼きたてのホルモンとビールを胃に収めると、最高の一言しか出ない。「めちゃくちゃうまい」 おまかせホルモン五本セットは聞き馴染みのない部位を詰め合わせたものだけれど、おいしすぎてあっという間になくなった。狭い店内はすでに混雑している。時間がかかると思ったので、私のおすすめチョイスと玄さんの気に入っていたシマチョウ串を入れて、十本ほど追加注文した。「ん、これは…?」 他愛もない話を交わしていると、焼き上がったホルモンが置かれた。見慣れない凹凸のある部位が刺さった串を不思議そうに見つめる玄さんは、すごく純粋な目をしている。まるで幼稚園児の子供と変わらない。面白い人だ。 「眞子、この凹凸のある気持ち悪いやつ、なに?」「これは【ハチノス】です。結構おいしいですよ」「え、これ、食べるの?」 ピーマン苦手な子が嫌な顔をするのと同じような雰囲気で玄さんは顔をしかめた。ふふ。本当にうちの園児みたい。「大丈夫。先生がまず見本を見せてあげるよ。ちゃんと食べられるから」 思わず園児に語る口調になってしまい、不安にさせないようににっこり笑って美味しそうに食べて見せる。「んー、おいしい! こんなに美味しいのに食べられないなんて勿体ないよ。要らないなら、玄君の分も先生が食べちゃおうかなー」「だめ」 私に取られると思った玄さんが、思わず皿を遠くへやり、ハチノスを掴んで食べた。渋面だったのは最初だけで、咀嚼するごとに表情の変化が訪れる。「うまいっ」「でしょ? 見た目は確かに気持ち悪いですが、食べないなんて勿体ないです」「なんか、眞子先生にいいようにやられた気がする」「ふふ。毎日こうやって子供に苦手な給食を食べさせているん
「辛い時は声をあげていいと思うけど…それができないから、俺みたいな得体のしれないヤツに愚痴ってるわけだし、反論できないから困っているんだよなぁ」 こちらの気持ちをぜんぶわかってくれる玄さんが凄い。「でもな、眞子。喧嘩をしろとは言わないけれど、出来ないものは出来ないと、はっきり言った方がいい。不当な要求についてもだ。じゃないとモンペはどんどん付け上がる。人生の先輩として、アドバイスしておく」「はい。ありがとうございます!」 そっか。やっぱり出来ないことや理不尽なことは、強くつっぱねてもいいんだ! 次は頑張ろう。もっと上手に立ち回りたい。「素直でよろしい」 にこっと玄さんが笑った。この人、イケメンな上に性格超いい! こんな人とお付き合い――って、短絡的に考えちゃダメ。I.Nさんの二の舞になるかもしれないし! でも婚活アプリ登録しているくらいだから、出会い求めて――って、こんなイケメンに出会い要る? 婚活のチャンスなんか幾らでも転がってそうだし、わざわざ素性の知れない女性と繋がりを持つなんて、要らなくない? きっと彼には秘密があるんだ! 解らないけど! なんとなく!!「次があった時、玄さんのアドバイスを思い出して頑張ってみます」「そうしてみて」「はい」 あ。そっか。玄さんとは深い仲にならなかったらいいのか。 イケメンの男友達って、今までいなかったからちょっと優越感あるし。「あの、玄さんのこと、聞いてもいいですか?」「そんなに語れるものないけど」 なんかクギ刺されてる感ある?「お店は最近どうですか? お客様増えましたか?」 先ずは気になっていたことを聞いた。「あ、うん。なんか急に客が増えた。最近連日忙しい」「そうなんですね! それは良かったです!」 玄さんのお店が繁盛していることを聞いて、とても嬉しく思った。「すごく喜んでくれるんだな」「はい! モチロンです! 愚痴友ですから。自分のことのように嬉しいです」「はは、そっか。眞子がそう言ってくれたらいい気分だ」 玄さんは照れ臭そうに笑ってくれた。きゅんとする笑顔。可愛らしい一面もあるんだ。「玄さんのお店ですが、どんなお店か教えてくれませんが、なにか理由があるのですか?」「いや、別に。じゃあ聞くけど、眞子は俺の店、どんな店だと思う?」